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愛おしく





誰もいない公園は、一人でぼんやりと考え事をするのに向いている。

ブランコなんてあると、なおさらちょうどいい。

忙しくて後回しにして考えることができなかった事を、思い出すことも出来る。

学校の帰りにちょっと寄り道すると、遊びを終えて子供たちが帰っていくぐらいの時間帯なのでちょっとした貸切状態になる。


「…うーん。ちょっと…ほんとちょっとだけだけど、疲れたなぁ…」

マヤがゆっくり前後に漕ぐたびに、ブランコの連結部が軋んだ音を立て、静かな公園にぎいい、きい、と哀しげに響き渡る。

それがなおさらにセンチな気分を心の奥底からじわりと湧き出させるようだ。マヤは切なさにまかせて暮れかけの曇り空を仰いだ。


母さん、どうしてるかな…元気に、しているかな…

「ああ、会いたいな…」

「ほう?誰にだ?」
「ひゃあっ?」

「なんだ、珍しくしおらしげだと思って声をかけてみたら、その大声、いつもと同じだったか」

「なっ、なんなんですかっ、急に現れないで下さい。心臓に悪い!」

ブランコから跳ねるように立ち上がったマヤは、後ろに立っている男を苦虫を噛み潰したような顔で振り返った。

「表情まで一変したな」
「そりゃあ一番会いたくなかった人に会っちゃったからに決まってるでしょうっ、速水さんみたいな忙しい人がこんなところで何してるんですかっ?」

「ああ、車で脇を通りがかったら、君が死にそうな顔でブランコに乗っているから、何が起きたのかと思ったんだ」

「で、その珍しい事態をわざわざ見物に来たってわけですか。つくづく悪趣味な人ですねっ」

「まあ、そんなところだ」

「(むっか~~っ!)あたし、見世物じゃないですからっ!もう帰りますっ」

「ああ、元気ならそれでいい。じゃあな、ちびちゃん」

クックと笑う真澄を不愉快に思いながら、ずんずんと公園の入り口まで歩いて来て、マヤはぴたっと立ちどまった。
背の低い植込みの間、なにか茶色い小さなかたまりが動いているのが見えた。なんだろう?と近づいてみると、それはまだ羽の生え揃わない、小さくて頼りない羽をばたつかせている雛鳥だった。

「なんだ、ちびちゃん、どうした…うん?それは…」

「う、うわっ、うわあ…すっごくかわいい!子スズメだ~」

「拾うんじゃないぞ。そのままにしておくんだ」

「ひどい!速水さん、冷たいんですねっ、助けない気なんですか!」

「やめておけ、ちびちゃん。拾ってどうする気だ?」

「もちろん、保護して面倒を見ます、いけませんか?」

「君に世話ができるとは思えない。元の場所に戻しておいたほうがいい」

「そんなこと言ったって!まわりに親鳥もいないみたいだし、戻したら衰弱して死んじゃうか野良犬に食べられちゃうじゃない!速水さんってやっぱり冷血漢なんですねっ」

どちらにしても…と言いかけて、真澄は口をつぐんだ。
そんな真澄を気にもとめず、マヤはにこにこと手のひらの中の小さな生き物を見つめ愛おしんだ。

「うふっ、かわいいなぁ。ん、そうだ、まずは名前をつけなくちゃ。ええと、すずめだからスズちゃんがいいかな」

「ぷっ、センスがないな。そのままじゃないか」

「むっ、じゃあ、速水さんだったらなんて名前つけるんですか?」

「俺がつけるなら…」

ふむ、と顎に手をやり、雀を見る。
雀はマヤの両手に体を包みこまれて、居住まいを探るようにモゾモゾと動いている。
観念したのかそれとも安全だと理解しているのか暴れて逃げるようなそぶりはない。

…この雀は、違うんだな。

真澄は知らず、遠く幼い記憶を、マヤと雀に重ね合わせていた。

「速水さん?どうしたんです?」

「…む?あ、いや…なんでもない。少し…思い出したことがあっただけだ」

「なぁんだ、スズちゃんの名前を考えこんでいたわけじゃなかったんですね。どんな名前つけようとしているのか楽しみにしていたのに!」

だって、速水さんが小さな鳥に名前をつけるなんて、似合わなさ過ぎておっかしい~!
すっごく可愛い名前だったり、すっごく剛胆な名前だったりしたりしたら、もう当分の間思い出し笑いをして過ごせそうだもん~!

にやにやしているマヤを、真澄はやれやれといった顔で見やった。

「さてはちびちゃん、聞いてつまらん名前だとけなすつもりだったな?スズちゃんでいいんじゃないか、もう定着しているようだし」

「あっ、駄目ですっそうやって誤魔化す気でしょう、ちゃんと考えてください!けなしたりなんか、しませんから!」

「嫌だね。俺は、そんな小さい生き物に名前をつけるのは好きじゃない。君も名前なんてつけて必要以上に感情移入しないほうがいいぞ」

「やっぱり、速水さんって冷たい人っ!いいんです!私が大事に育てて、絶対、元気に空にかえすもの!」

「……まあ、忠告はしたからな。それなら君が無事に育てている様子を逐一俺に知らせるようにしてくれ」

「……はっ?なんでそんなことしなくちゃいけないんです?!」

「インコや文鳥を飼うのとは話がちがうんだぞ。そいつは野鳥で、人間が関わっていいことなんか一つも無いんだ。それでも世話をするというのなら、それなりの知識がいる。君がそれを知っているとは思えんからな」

「は、速水さんこそ、小鳥の世話の仕方なんて知らないくせに!嫌ですよ、逐一なんて!」

「なら困ったことが起きた時でもいい。ちびちゃんよりは、よっぽどそいつの役にはたてると思うぞ?」

「いいいいいいーーーーっだっ。ぜーーーったい、速水さんなんかに頼みませんからーーっ」

















「は……はやみさん……」

疲労困憊、めろんめろんのへとへとになって、マヤが小箱を抱えて社長室を訪れる。

「こ、これって、どうしてあげたらいいんでしょう…?」

どうやってもご飯を食べてくれなくなったというSOSは、もう何度目か。

それでも、真澄は時間の都合がつく限り、マヤに救いの手を差し伸べてくれたのだった。

餌の作り方から餌をやるための器具、食べさせてやらなければならないものを細やかに教えてくれ、マヤはすっかり頼るようになり、スズに何かあるとすぐに真澄のもとに飛んでいくようになった。

「練り餌の温度が低いんじゃないか?最初に教えた時に、ぬるま湯でやるように教えたろう?」

「そ、そっか、これじゃちょっと温度が低すぎたのかな」

「それと、親鳥が鳴く真似をしてみるといい。ある程度大きくなっているようだから、もしかしたら簡単に口をあけるかもしれんぞ」

マヤがチチチッ、と舌を鳴らしてくちばしの先に練り餌を持っていくと、じぇいじぇいと鳴きながらちょうだいとばかりに大きく口をあけてねだったのだった。

「うわ、すごい!わあ、すごい食欲!速水さん、いったいどうして、そんなに詳しいんですか?」

「そりゃあ、君より年を重ねている分知っていることも多いんだろ」

「だって、学校の先生に聞いても、まわりの誰に聞いても分からないって言われたのに……もしかして、速水さんもスズメの雛を拾ったことがあったんですか?」

「ああ、今の君の年齢よりも、ずっと小さいころにな」

「そうだったんだ!なんだ、だったら最初からそう言って下さったらよかったのに!」

「その経験があるから、拾う気にはなれなかったんだ」

「それって、どういうことですか?もしかして……」

「ああ、野生に住んでいる生き物は、人間を恐れて保護しただけでストレスになるからな、耐えられなかったんだろう」

「そっか、そうだったんですね……」

「まあ、君は野生に近いからな、スズも仲間だと思ってるのかもしれんな」

「むっ、失礼な!速水さんこそ、そんな冷血人間だから鳥も怯えきってしまったんじゃないんですか?」

「ああ、そうだろうな。可哀相な事をしたよ」

「あ、っ…ごめんなさい、あ、あたし、言い過ぎてしまって…」

「いいんだ、ちびちゃん。そのとおりだからな」






幼いころに真澄が拾った雛鳥は、マヤが拾ったものより少しだけ小さかった。

保護者になった自分が誇らしく思えた。雛鳥を救ってやれたのだとそのときは思った。

子供の自分には、知識もなく、ただ、純粋に餌を与えて世話をすれば元気に育つのだと思っていたのだ。

けれども、雛鳥は自分に懐くことは無く、こちらの姿を見るといつも狂ったように暴れて逃げようとした。

手を出せば、指先を小さいながらも力いっぱい噛み付いてくるから、満足に餌も食べさせてやれなかった。

「こら!暴れるなよ!おまえ、ごはんを食べないと、大きくなれないんだぞ」

無理に掴んでその口に練った餌をこじ入れようとしても、少しもうまくいかない。

気持ちが、通じ合うことは、一度たりともなかったのだ。



困り果て、それでも頼る人もいないまま、時間は過ぎていく。

雛鳥は、次第に元気をなくしていき、抵抗する力も弱々しいものになっていった。



拾ってから二日ほど経った夜に、真澄は夢を見た。
雛鳥のために大きな鳥かごを作っている夢だ。



とりかごを、もっと大きくしなくちゃ。

元気に飛べるようになる練習ができるように。

蔦を組んで、めの荒いざっぱらな鳥かごを作る、そんな夢を見た、翌朝のことだった。


いつものように箱の中を覗くと、雛鳥はがくがくと小刻みに身体を痙攣させていた。

驚いて手のひらにその体をそっと乗せると、少しの重さもなくて、さらにその体から、くたりと力が抜けていくのが分かった。

その瞳が、だんだんと力なく虚ろいで、焦点の合わない、ガラスのような「物質」」になっていく様を、真澄は自分の手のひらの上で見届けなければならなかった。

「ねぇ……しっかりしてよ、こっち、見て……」

昨日までと変わらず柔らかな羽根を、撫でて、さすってやってもまばたきひとつもしない。
それどころか、まだ生きたかったと切望しているようにその瞳は開かれたままだ。

「嫌だよ…そんなの、嫌だ……!」

目が、あいてるのに。

まだ、生きていたいって、いってるのに……!

体だって、生きてる時と何も変わらないじゃないか!

なのに…どうして、動かないの?

どうして、僕の手の中でこの身体は固くなっていくんだよ……


なにもしてやることもできず、生きている形跡さえも無くなってしまった雛鳥の体を、手のひらに包み込んだまま、真澄は声を上げて泣いた。


いかないで……

ここに、戻ってきて


お願いだから!







悲しみの淵で、真澄は夢の事を思い出す。


とりかごを、大きくしなくちゃ。

元気に飛んでいく練習ができるように。

そう思って背の高い籠の中に雛鳥を離すけれども、編みこんでいる蔦が、気が付けばあちこちすきまだらけで、直しても直しても、そこから雛鳥は逃げてしまいそうになる。

そのたびに、慌ててそのすきまをふさいでは閉じ込めるけれど、幾度かそれを繰り返した後でとうとう雛鳥は羽ばたきそこから飛び去ってしまったのだった。

いかないで。

ここで、僕が、君を大切に、大切に守ってあげるから。

何も怖い事なんて、ないから。


そう言って見上げるけれど、逃げていくその姿はもうすっかり大人の鳥で、もう雛鳥などではなかった。






僕は、なんて馬鹿だったんだろう。

君は、僕に世話なんてされたくなかったのに。

僕の作る檻から逃げて、生きたかっただけだったのに。


ごめん、ごめんね……













一か月後、マヤはスズをつれて、拾った公園に立っていた。隣には真澄の姿もある。

「さ、飛んでおゆき」

マヤが箱の蓋をあけると、スズはきょときょとあたりを見回していたが、やがてそこから一気に空へと飛び立ったのだった。
そうしてひとしきり空を気持ちよさげに飛び回ると、近くの電線にとまってこちらを眺めているように見えた。

「よかった!あの様子なら、きっと、大丈夫ですよね!元気に自然の中で暮らしていけますよね!」

「……そうだな」

真澄を振り仰いで何気なく顔を見たマヤはどきりとした。

「え?……は、速水さん?」

う、嘘っ……目が少し、潤んでるみたいな?

「ああ、ちゃんと、飛んで行けたみたいだな」

「え、ええ……」

信じられないものを見たという思いで、マヤはもうスズよりも真澄から目が離せなくなっていた。

「よかったな、ちびちゃん」

思いもかけぬ見たことのない真澄の笑顔に、マヤは締め付けられるような胸の苦しさを感じた。

「……はい…」

慈愛が溢れるような、優しい笑顔だった。
スズが無事に飛び立ったことを、もしかしたら私以上に喜んでいるのかもしれない。
それは、スズのためでも……私のためでもあるに違いない。

ああ、そんな顔で、笑えるんだ。

……速水さんは、冷血漢なんかじゃないのかもしれない。


「速水さん」

「なんだ?」

マヤは真澄の右手を取り、両手でぎゅっと握った。

「ありがとうございました!私だけじゃ、スズを空にかえしてあげることはできなかったと思うんです」

「そんなことはないだろう。君が世話をしたから出来たことだ」

「いいえ!速水さんのおかげです。やっぱり何年もわたしより年を重ねているだけありますよね!」

「……まあな」

「あれ?そこはいつもだったら、年寄りだからって馬鹿にするなって怒るところですよ」

「そうだったか?確かに、君より年をくっててよかったと思ったのは今日が初めてかもしれんな」

「ええっ!?なんか、素直な速水さんって……気持ちが悪い!」

「気持ちが悪いは酷いんじゃないか?」

あはははは……と笑い出しながら、マヤと真澄は暖かな公園の風をスズと共に心地よく感じていた。





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