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優しく


 

このときのために生まれたかのような人だよね…

パーティの会場で、マヤは仕立てのよいスーツに身を包んだ真澄を遠巻きに見ていた。
煌びやかな人間の周りには、煌びやかな人達が集まってくるものだ。

やっぱり別世界みたい、あの人達の輪に加わることはない私からするとものすごく輝いて見える…

マヤが声をかけるでもなくぼんやりと、真澄を眺めていると。

「好きなの?」

唐突に誰かか囁いた言葉に驚いて、顔をあげる。

「…はっ?!!は、はあぃい?!な、何、言ってるんです?!わ、わたし、あんな人なんて、なんとも…」
「さっきから、僕の事みてたろ、僕みたいなのが、好みなのかな」

「えっ?」

ニコニコと人好きのする笑みを浮かべた男性が、マヤを覗き込んでいる。

あ、ああ、なんだ…勘違いしてた…てっきり、速水さんのことかと…
それにしてもその台詞、すごいナルシストっぽい…

「ね、このあと、一緒に抜け出さない?」

「え、えーと、あ、あの…」

「少し、二人で話がしてみたいだけ、ね、行こう」

強引な誘いを断りきれず、促がされるまま手を引かれかけていたその時。

「やあ、ちびちゃん」

人の間を優雅にすり抜けて、マヤの前に立ちはだかる。

「似合っているじゃないか、そのドレス」

誰だか確認しなくてもわかる。この声、このタイミング。

けっこう離れた所にいたはずなのに…いつの間にか不敵な笑みを浮かべながらこちらに歩み寄ってくるのは。

目の前にいた男がちっと舌打ちをして即座に退散する程の威力を持つ人といったら…アノ人しかいない。

マヤはぷくりと頬を膨らませた。

「い、今っ!せっかく、誘ってもらってたのに!速水さんのせいで台無し…!」

「あの男は、浮いた話が多い」

真澄はぶっきらぼうにそう言うと、明らかにムスッとしてそっぽを向いた。
マヤの腕を掴むと、そのまま前を向いて足を速める。

「え…えと」

気にかけてくれているのかと、淡い期待が胸を占める。
悪い男にひっかりそうな自分を心配してくれてる…?速水さんが?

「あ、あの、それって…どういう…」

繋がれた手を意識しながら、マヤは口ごもる。

もしかして…嫉妬、とか?

「旬な綺麗どころとばかり噂になる男だ、ちびちゃんなんかを本気で相手にする訳がないだろう」

期待はあっさり打ち砕かれる。カッと頭に血が上ったマヤは、目をむいて即座にくってかかった。

「趣向が変わったのかもしれないじゃないですか!そ、それに、私だって、い、今が旬ですから…!」

自分で言っていて虚しくなる。でも紅天女という大役を手にした自分は、話題の最先端に存在している事は間違いない。おかしな事は言っていないはずだから!笑われてるけど…!堂々としていればいいんだ、顔、熱いから赤くなってるだろうけど気にしちゃダメ…つ、強気で、今日は強気で速水さんになんとかぎゃふんと言わせてやるんだから!
腹立ちまぎれに真澄の手を振り払おうと、ぶんぶんと腕を振り回してみるが、がっちりと繋がれていてどうにも離れない。

「~~~~っどうして邪魔したんです?!私…ああいう華やかな人とお付き合いしてみたかったのに!」

「華やか…ね」

「そうです!私だって、カッコよくて優しそうな人にエスコートされてみたいのに!」

「優しそう?」

「そうです!意地悪ばかり言う人に邪魔されたくありません!」

ここぞとばかりに真澄に日頃言いたかった事をぶちまけようと意気込むマヤだったが…

「そうか」

真澄は不機嫌な顔のまま、ぱっと手を離した。

「え?」

「そんなにみじめな想いをしたいなら、戻ればいい」

いともあっさりそう言い放つと、すたすたと会場の外へと歩いていってしまう。

ええ…!?な、なんで?

マヤは慌てて真澄を追いかけた。距離を縮め、その背中を見つめながら早足で付いていく。

「は、速水さんは何処へ行くんですか…」

怒らせてしまったのかと、すっかり弱気になってしまったマヤの声に、さっきの勢いはない。

「この先のホテルだ。今日はそこに泊まる」

マヤに気を配ることなく、真澄はさっさと足を進める。

「もう帰るんですか?」

「ああ」

「…」

黙ってしまったマヤに、真澄は、ちら、と視線を向けた。
困ったような顔をしてこちらを見ている。言葉を探して見つけられなくて声を掛けられずにいるのが分かる。
…可愛い。機嫌の悪さも瞬時に吹き飛び、ついかまいたくなる。

「来るか?一緒に」

行きません!そんな悪質な冗談を言うなんて、速水さんなんて大ッ嫌い!
と、いうような種類の返事が返ってくるのは分かりきっていた。
ほんの別れの挨拶のようなつもりで言った言葉に何の返答も期待せず、真澄はすぐに視線を戻したが…

「行っても、いいんですか?」

「は…?」

思わず足を止めて振り返り、マヤを見つめる。
面食らっている真澄に、にっこり、マヤは笑いかけた。

「優しくエスコート、してくれるんですよね?」

まさか、肯定されるとは思ってもみなかった…それとも、からかっているのか?
真澄は、ふ、と小さく笑みを零す。
まあ、こういう珍しい反応に乗ってみるのも面白そうだ。

「…意地悪な男は邪魔なんじゃなかったか?」

「いいんですもう。助言はありがたく聞いておくことにします。みじめな思いなんて、したくないですから」

不機嫌顔を崩せたことに満足して、マヤはにまにまとした。
速水さん、さっき「行ってもいいんですか」って言った時、ハトが豆鉄砲くらったみたいな顔した!
あんな顔、いままで見たことない!可笑しーい!

「付いてきてもいいが…優しくは、できないぞ」

「えっ?」

マヤの弛んでいた頬が、真澄の視線に、こわばる。
どきりとした自分を慌てて取り繕う。

「は、速水さんが優しかったときなんて、今まで見た事も聞いた事も無いんですけどっ」

「そうか?」

「そ、そうです」

「俺に優しくされたいと思うのか?」

「え、ええ、まあ」

あ、あれ…な、なんか…ヘン…?
速水さん、どうして、そんなに見つめるんだろ。
その視線に耐え切れず、カーーッと一気に顔が熱くなり、わなわなと口の端が震えてきてしまう。

あ、普通の顔しなきゃ、また馬鹿にされる…!

ぐぐっと顔の筋肉に力をこめたマヤの表情に吹きだしそうになるのを堪えて、真澄は涼しげな眼でマヤを見つめる。自分の視線に、マヤが反応しているのが分かり、堪らなく心が騒ぎ出していた。

「分かった、それなら」

するり、と腰に手をまわして、柔らかく綻んだ眼差しでマヤをのぞき込む。

「優しく、してやる。この上ないくらいに」

いきなり急接近されて、マヤの心臓が飛び上がらんばかりに鼓動し始める。
慌てて、それってエスコートの話ですよね、と言いかけたマヤの視界が翳った。

「…ん…っ?」

柔らかく、唇に触れる感触。

唇で、唇をすくいあげられ、息をついて仰け反り上向く。
空気を得られたのはその一瞬で、すぐに吐息を漏らす間もないほどの密度でキスを奪われた。


わずかに濡れた音をたてて、唇が離れると、ゆっくりとした動きで胸の中に抱き込まれた。

「もっと、優しくしてもいいか?」

初めて聞く耳元の甘い囁きに、マヤは頬を染めてこくりと頷いた。

 





 

 

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