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ずっと望んでいたのは、紅天女を手にする事だけだった。
望んでいてくれたと思っていたのだ。
紫のバラの人も、それを望んでいると思っていたのに。
……でも…ああ、もう、ほんと、どうでもよくなっちゃった。
もう、逃げ出して、しまいたい。
全ての事から。
(大丈夫でございますよ、鷹久様。お医者様も言っておられたではないですか。)
(でもこんなに顔色も悪くて、呼吸も浅いのに!もう一度主治医を呼んで診せた方がいいんじゃないか?)
誰…?途切れ途切れに、誰かの声が届いてくる。
…うるさいな…ちょっと静かにしてほしいのに…
緩慢に瞼を持ちあげてみれば、白熱灯の光が突き刺すように目に飛び込んでくる。眩しくて、慌ててまた眼を閉ざした。
腕を動かすのすら、体が重たくて気怠い。なんだか自分の体じゃないみたいだ。
ああ、そうだ。
私…公園で…
それから、どうなったんだろう?
(ですが…つい先程診て頂いたばかりですし、安静にするのが一番と先生も申されていたのですから、
暫くこのまま目を覚まされるまで様子を見ていた方がよろしいかと思うのですが…)
(いいや、彼女が目を覚ますまで付いていてもらうべきだ!もう一度呼び戻せ!)
(しいっ、お静かになさって下さいませ。起きてしまわれます。)
誰だかわからないけど、お願いだから静かにして欲しいなあ。
私はこのまま、速水さんの事も演劇の事も忘れて無に還るんだもの…厳粛な一時なんだから、静かにしてくれないと…
「いい!もう爺やには頼まない!俺が直接呼びに言ってくる!」
静かにしてくれないと……私は……
「いいえええ、大丈夫でございます!ご心配でしたら爺やが…」
「大丈夫なもんか!あんな寒空の吹きっさらしに倒れてたんだぞ!絶対体力奪われてどっかおかしくしてるに違いないんだ…!」
「う…ううううーん…うー」
「ほら、うなされているじゃないか!早く医者を!」
「いいえ、今はお一人にしてさしあげて下さい」
「うううう…ん」
「なら、せめて点滴を!」
「な、何をなさいます、おやめください、坊ちゃま!」
「じーいーや!離せー!!」
「うーーーー…」
「いいえ!離しません!おやめください!」
「うう……うー---るさぁーーーいっ!!!」
「!!」
「おお!お気付きになられましたか!」
「もう!!ゆっくり眠れないやしないじゃない!え…っ?」
「え……?」
マヤは目を疑った。
「ええっ…な、なに?」
思わず叫んで起き上がるマヤ。煩わしそうに顰めていた眉が驚きのあまりひょいとあがった。
鈍く痛む頭をおさえながら、なんとか今の自分の状況を把握しようとする。
「あ、目が醒めた?どう?どこも痛くない?」
「そんな急に起き上がっては、お体に障りますぞ。ああ、気持ち悪いとか吐き気等はございませんか?」
「うわ?!あ、あなた方?わ、わたしはいったい?こ、ここは?」
頭が思うように動かず、マヤはゆっくりと視線をめぐらせて周囲を探ろうとする。見覚えのあるものなんて、ひとつもない。
「あなた様は鷹久様の命の恩人でございます!」
仕立ての良い白いスーツをきちんと着込んだ、見るからに順従な執事といった感じの、線の細い白髪の男性がマヤを覗き込んでいる。
マヤはとりあえずにっこりと愛想笑いをしてみた。
それに対し、満面の笑みで頷く男性。
…混乱した頭の中を整理してみようと首をひねるが、どう考えても彼らに関わるような記憶は出てこない。
「あのぅ…?わたし、何で…」
「私はこの家の執事でございます。なんなりとお申し付けください。
ああ!あなたがあの公園に倒れていなかったらと思うと…!私ぞっといたします…!!」
唐突に、おいおいと泣き出す執事。
マヤはおろおろと激しくうろたえた。
「ちょ、ちょっと待って下さい…」
「いわばこれは運命だったのです!」
胸元から白いハンカチを取り出して涙を拭い、感激に打ち震えている執事に対して、マヤは力いっぱいかぶりを振る。
「ちょっと待って下さいってば!説明してもらえませんか?!」
「はい!あなた様は夜、公園にたおれていらっしゃった。そして鷹久様があなた様をお見つけになりここへお連れしたのです」
「それは、どうもありがとうございます…」
放っておいてもらってれば、真冬の空の下、今頃凍死でも出来ていたかもしれないのに…そう思いつつも、一応はお礼を言っておくマヤだった。
「で…どうしてそれが命の恩人に?私の命の恩人がその人…」
「鷹久様でございますよ」
「鷹久さんって人だっていうんならわかりますけど、私がその人…」
「鷹久様でございますよ…」
「そ、そうその鷹久様の命の恩人っていうのはおかしいと思うんだけど?」
「え…?ええっ?!なぜでございますか?」
「なぜって…どうしてです?」
「どうしてもでございます」
もう、何がなんだか分からない…
「ごめん、爺やも混乱してるみたいだから…北島…さん、その話はまた後ですることにして、とりあえず横になっておいたほうが」
「…あの、なんで私の名前、ご存知なんでしょうか」
「君ほど有名な女優は今じゃいないだろ。姫川亜弓と紅天女の座を争ってる有力候補だし」
「とにかく!今夜の所は、もうお休みになって下さいませ。ささ、鷹久様もお部屋にお戻り下さい」
「俺は、ここで寝るよ。また死のうなんて馬鹿な事考えないように見張ってないと」
「いいえ!とんでもありません!それでしたら爺やが北島様を見張っておりますから大丈夫です。鷹久さまはご自分のお部屋でお休み下さい」
ああ、もう、どうにでもして…!
私は…もう、どうなったっていいんだもん!
マヤは二人に構わず、がばっと羽布団を頭からかぶると、再び深い眠りへと誘われていったのだった。
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