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千紫B






「あら、嫌だ、もうこんな時間。私、次の予定がありますのでこれで失礼いたします」


水城はヒールの音を響かせて会議室を出ると、猛ダッシュで視聴室に走り込んでテレビのリモコンスイッチを押す。

いやだ、もう5分も過ぎてるじゃないの…
絶対に見逃せなかったのに…

やや焦りながら目的のチャンネルを合せたとたんに、女性司会者の素っ頓狂な声がけたたましく響いた。


「しゃ、社務所っ!?初体験が神社の社務所だったんですか!」

まあ、いきなりそこからなの?悔しいわ…その話になる前までが聞きたかったのに。
あの部長の話ったら無駄に長くてホント嫌になってしまうわ…


水城は椅子に腰掛けるとテーブルに肘をついてテレビに見入った。
画面には、マヤと真澄がやや堅い表情で並んで座り、司会者の女性タレントが身を乗り出してそんな彼らに話しかけている。

なんという名前だったかは忘れてしまったけれど…最近よくでてるわね、この人。

司会者は有名バラエティ番組に出演して以来、そのあけすけでくだけた発言で人気を集め、トーク番組の司会をいくつも持つようになったタレントだった。
この日の昼過ぎも、スタジオを訪れた新婚のカップルをターゲットにした対話形式の番組の司会を務めていた。生放送とあって、際どい発言が何時飛び出すのかとはらはらさせられるので、なかなか受けが良く視聴率の良い番組なのであるが…
そんな番組になぜ、マヤと真澄がでているのか…
この日の朝、突然にスケジュール調整をさせられた水城しか、真澄があのスタジオに居ることは知らないだろう。

まさか、真澄様がこの手の番組に出演される気になるとは…これって絶対マヤちゃんの為よね。
お二人の仲が世間に知れ渡っているとはいえ、これはかなり衝撃的ね…
だって、あの速水真澄が、暴露系番組の「新婚さんおやりなさいませ!」に出るなんて、いったい誰が予測できるかしら…



スタジオではマヤが芝居じみた身振りで話を続けている。

「もう寒くって寒くって。真澄さんにあたためてもらわないと凍えて死んでしまいそうでした」

「はあー…それで、明かりも無い暗い社務所で二人で寄り添っているうちに…えー、そのままなし崩し的に行為に及んでしまったと、そういうわけですか?」

「いいえ」

「は、違うんですか」

「真澄さんったら…一向にそういう事しようとしなくって」

「ぐ…マ、マヤッ」
そんな事をしゃべるな!と真澄が目配せするも、マヤは素知らぬ顔でなおも続ける。

「俺も男だからな…なんていっておきながら、キスすらしようとしなかったんです」

「うわっ!!俺も男って社長、さりげにアピールしたわりには堪えてたんですね…
 辛かったでしょうー好きな子目の前にして…想像できますわ、そのときの心のせめぎ合いが」

真澄は額にじっとりと汗が滲んでくるのを感じながら、諦めたように肩を落として言った。

「…そんな話になるだろうとは思ってましたが…誓って言いますが、そのとき彼女に手を出すつもりなんて本当に無かったんですから」

弁解を始めようとする真澄を、マヤは大きな声で遮った。
「それで…私、言ってやったんです!」
「…?」
「ほおほお?何をですか」

な、何を言うつもりだ?マヤ?!

息を飲む真澄の隣で、マヤは声を張り上げて言い切った。
「『やるんですか?やらないんですか?はっきりして下さい!』って」
「なん…!」
「はああっ」

そ、そんな事、ここで暴露しなくったっていいだろう、マヤ!
いくら番組の特質だからといって、なにもわざわざ自分から!

「それはまた…直球ですね…。社長…それで”やる”って言ったんですね?!」

「そんな事は…」

「いまさら純情ぶってそんな赤い顔してみせたって駄目ですよ!言ったんでしょう?」

「い、いや…そんなあからさまには…」

「あからさまもあらかさまもありませんでしょ!誰も来ない山奥!二人きりで外は豪雨!彼女の体は濡れて冷え切っている…温めてあげないといけない!おそらくあなたは直情的なマヤさんに、ムード高めるような甘い言葉のひとつやふたつ吐いたんでしょう。そして…やったんですね?」

「い、いや…そん…?」

「やったんですね?」

司会者に押し切られるようにして、真澄はぐっと息を詰めたのち、頷いた。

「……や…やりまし……た…」

なぜこのタレントが人気なのか、分かったぞ…
この訳のわからない勢いのある押しの強さには…何故か敵わない…
というか…なぜ俺は悪事を糾弾されるような気分にならなければいけないんだ…?





水城は、ポケットからハンカチを出すとサングラスを上げて目尻を拭った。

かなり追いつめられているわね…おいたわしい…
まあ…こういう番組に出るからには覚悟なさっていたと思うけど…
こんな真澄様が見れるなんて思いもしなかったわ…!
ああ、真澄様、なんて情けないお顔なの!

「み、水城さん?泣いてるんですか?そんなに社長の姿がお気の毒でしかたないんですか?」

「真澄様…とてもお幸せそうで…う…うううう」

「嬉し泣きだったんですか…結婚式での新郎の母みたいな心境なのでしょうか…」

「うううう…う?あら、いつのまに?あなた誰?」

「…松本です」
 
「そう、あ、松本さん、煎餅食べます?」

「水城さん…どこにそんなものをお持ちだったんですか…?いいえ、僕は真澄様とマヤさんのご様子を見届けたらすぐに出ますので…ああ、すみませんが…煎餅の音をさせるのは止めて下さいませんか…?」





…スタジオでは、水城の感傷とは無縁の話題がなおも続く。

「で、出来ちゃったというわけですか。時期的に合ってますよねぇ。
 へえーーそうですかー…いや、実はそれ計画的だったんじゃないですか?」

「計画的?何の計画ですか?」

「ほら、今日なら絶対ばっちり出来る!って確信がマヤさんにあったとか」

「?出来る?って何が?」

「そりゃ勿論、赤ちゃんですよぉ!」

「え…だってそ、そのぉ…したら絶対出来るものなんでしょう?」

「あー…まさかとは思いますけど…赤ちゃん出来るその…タイミングっていうかそういうの、分かってますよね?今日だったらたぶん大丈夫ーとか今日やったら出来ちゃうぞーみたいな」

「わ…わかります!出来ないようにっていうのは…つまり、ひ」
「マヤ…もう、やめるんだ……頼むから…もうそれ以上言うな」
「むぐぐぐ…な、なにをするんですっ速水さん」
「今日の君はちょっとしゃべりすぎだぞ、いったい、どうしたって言うんだ」
「離して下さいーっ」
「もう話すな、ちびちゃん」
「いーやーでーすーーーっ」

「あー…いちゃつかないで下さいよ、速水社長は、まだ婚約者と別れたばかりなんでしょ?
 もうご入籍されたとはいえもうちょっと自粛されたらいかがなんですかぁ?
 ほんとにまあ節操の無い。こんな年の離れた子を手篭めにするなんて年甲斐も無いことを」

「な…!」
俺がいつマヤを手篭めにしたっていうんだ!それに年は関係なかろう?
ムッとする真澄の横で、マヤの顔色がみるみるうちに変わる。
と、やおら司会者に詰め寄ると怒りのままに彼女にくってかかったのだった。

「ちょっと!失礼じゃないですか!!あなたに何が分かるって言うの?!
 ま、真澄さんはねっ…真澄さんは…物凄く悩んで悩んで私を選んだんですよ!(たぶん)
 今日だって、この番組に出たいっていう私の我が侭でここに来てくれたんです!
 本当に一緒に出演してくれるとは思わなかったから…ホント言うとちょっと困ったけどっ
 でも真澄さん来てくれたから!…だから…だからわたし、嬉しくて…っ!!」

涙目になりはじめたマヤを宥める様に肩を抱く真澄。マヤは彼を縋るように見上げた。

「ごめんなさい…真澄さん…。私も、本当はこんな番組出る気なんて無かったの。
 真澄さんがあんまりにも私を子供扱いばかりするから、
 ちょっと腹が立ってしょうがなかったから無理を言っただけだったのに…
 あなたがあっさり承諾したから…どうしようかと思ったけど、でも、二人で
 「カップル」って呼ばれるような番組に出れるのが嬉しくて…
 なのに…いざ出てみたらずっとそんな仏頂面してるんだもの!
 私やっぱりむかむかしてきちゃって、ヤケクソでもう何でも話しちゃえって思って」

「こんな番組って…ちょ、ちょっと、北島さん?」

「あ、すみません、私ったら…なんかとんでもないこと話しちゃって…
 すみません、今までのとこカットしておいて下さいっ」

ぺこりと頭を下げるマヤに、司会者はあははと笑った。
「あのコレ生放送なんだけどね」

「………え」


「北島さん…ボケかましてたわけじゃないんですね…編集は不可能ですよ?
 だって今現在この放送日本中に流れてますから」

「う、嘘っ?!やだっ、今までのも編集で失くしてもらおうと思ってたのに!」
 
真っ青になりながらも、その後のマヤはひたすら平謝りするしかなかった。

「…私……ああ、もうやだっ!ごめんなさいっ!真澄さんっ私ったら!なにやってるんだろっ?ああ、もう…は、恥かしい!あ、あんなことまで言っちゃって…うひゃああ、どうしよう?!」
 
「どうもしようがないだろ」
真澄は取り乱すマヤを呆れきった目で見つめた。
なるほど、放映中とは思っていなかったわけか…それにしたって、口に任せすぎだろう…
「だいたい、君を子供扱いなんてした覚えは無いが?今朝だって君の体を気遣っての、あの言葉だったんだ…」
がくりと脱力している真澄と、目を回してパニックになっているマヤを交互に見比べ、司会者は朗らかに笑って言った。
「今朝の『あの言葉』がなんなのか知りたい所ではありますが、
 どうやらお時間が来たようです。今日はものすごーく意外なカップルが来たと
 思ったら、ものすごーく面白い話が聞けて私、サイコウに幸せでしたっ。
 も、ばっちりこのお二人のホントの姿、全国に知れ渡りましたから!」
その言葉にマヤは大慌ててカメラに向かって両手をぶんぶんと振って取り乱した。
「!!冗談ですからっいままでの全部ホントじゃないんですっ。わ、私、緊張しててっ。
 放映されてるなんて思わなくてデタラメ言ったんです…っ」
「生放送かどうかぐらい普通分かりそうなもんですけどねぇ」
「ううっ…」
「いやーもう社務所の話は伝説級ですよ!マヤさん、今度はもっと詳しく教えて下さいねっ」
「うわああああん、やめて下さいー」
「ああ…なんだか…私がマヤさんを苛めてるみたいに見えますね?
 皆さん違いますよ?マヤさんが天然なだけで私は悪くないですから!
 今日の放送は録画して大事にとっておいて下さいね!
 お二人とも今日は貴重なお話お聞かせくださってありがとうございました!
 司会はワタクシ雪村みちるがつとめさせていただきましたぁ。
 あ、何?来週も来て下さるって?」

「もう来ませんっ!」「二度と来るわけないだろう…」

「あはははは!ではまた来週~!!新婚さ~ん♪おやりなさいませ~!!」」

司会者雪村みちるの楽しげな声で、番組は終了した。



「あー面白かったわね、松本さん…って、あら、いない…」

ま、けったいな人ね。ホントに見るだけ見たらどこかに消えてしまったわ。
何処の所属の人だったのかしら。あまり見ない顔だったけど私の名前を知っていたところをみると、
真澄様の部下のようだけど。だいたい、誰も使わなくなったこんな視聴室、よく知ってたこと。
マヤさんファンだったのかしら、なんだか涙ぐんでたもの。まったく…人の事言えないじゃない。

「わりといい男だったけど、やっぱり真澄様には敵わないわよねぇ。おほほほほほ…!
 真澄様、マヤさんとお幸せに!!」


誰も居ない大都芸能の視聴室に水城の意味も無く勝ち誇った笑い声が響いていた。



そのころ、長年願っていたツーショットを改めて見ることができて、「松本」は感激の涙を零していた。

「真澄様…マヤさん…本当に嬉しゅうございます…お二人のお幸せそうなお姿…この目に焼き付けました…!ああ、本当に…あとはお二人のお子様を拝見できれば私は…もう死んでもかまわない…」

ふぁさりと髪を靡かせながら、頬に流れる涙もそのままに大都の廊下を駆ける「松本」だった。


どうにも似たもの同士な感のある真澄の部下達である。
彼らがもっと積極的に二人を取り持ってくれれば、真澄とマヤの仲は早々に急接近できたに違いないのだが…素直じゃない両者を繋ぐのは、そうそう簡単にはいかなかったようである。


天然全開女優の北島マヤと冷血漢を代名詞に持つ速水真澄。
意外なカップルの意外な素顔は、この後暫くの間、世間の話題を攫ったのだった。













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