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気がかりな事が真澄の頭を占めて離れないのを、紫織は知っている。
エスコートする紫織のウエストを抱く手に知らず力がこもるのも、自分を想ってのことではない。
胸に痛みを感じて、紫織は真澄を振り仰いだ。
「どうなさったというんですの?今日は一段と…ご機嫌が悪いように見えます」
「いや…なんでもないのです。すみません紫織さん…少し、疲れているようです」
「では、今日はもうお屋敷にお戻りになって、お休みになって下さい。どうぞご無理なさらないで…」
「いいえ、大丈夫です。あなたとの逢瀬を無にするなど、僕にはできませんよ」
「ふ…紫織とのお約束、楽しみにしてらしたとおっしゃるの?」
「ええ、勿論。こんな美しい婚約者と会わずにおけるはずがないでしょう」
「まあ、真澄様ったら…」
紫織はすい、と真澄の手を逃れる。
「嘘をお付きにならないで下さい…紫織は…私は分かっているんですのよ、
あなたがちゃんと、私を見て下さっていないことくらい…」
「紫織さん、何を…」
「あなたは、愛していらっしゃるのよ。あの子を…」
「あの子?僕があなた以外の誰に心を惹かれるというんです。
僕を信じては下さらないんですか?紫織さん」
「私…わたくしが、信じているのは、自分の心だけです。
あなたを、愛しているという自分の心だけ。愛しているからこそ…
あなたの心が私に向いていないことくらい…そんな事くらい、すぐに分かります!」
語気を荒げて、真澄を強い意思を持って睨む。
「あの北島マヤという女優が、一昨日から行方知れずでいることが気にかかってならないのでしょう?
だから、今日のあなたはいつもにも増して気も漫ろで心ここにあらずといった感じなのですわ」
「紫織さん…?何を言っているんです」
「本当は…私のことなど放っておいて今すぐにでも彼女の元へ行きたいのでしょう?」
「今日のあなたは、どうかしているな。一体どうしたというのですか」
何事もないようにやりすごそうとする彼の心を、紫織は敏感に感じ取っていた。
「おふざけになるのはもう止して!そんなに鷹宮の力が欲しいんですの?!あなたは…
私の気持ちを、本当に考えたことなど無いのでしょう?!嘘をお付きになるのはもう止してください!」
「違いますよ、紫織さん…僕は本気であなたの事を」
「まだ…そんな事おっしゃるの?真澄様、私あなたが思われているほどそう愚鈍ではありませんの。
あなたがどんな方かもう分かっておりますわ。あなたが嘘を平気でお付きになる事も承知しております」
紫織は、今日こそ彼の仮面を剥がそうと思う。
紳士のように自分に接しているその裏に、彼がどんな感情を隠しているのか暴くつもりだ。
…そうしなければ、誰も前に進むことができないことがよく分かったのよ、真澄様?
「真澄様は、残酷です…あなたが急に熱心にわたくしを誘うようになったのを、
私はあなたが本当に心を寄せてくださっていると…私は勘違いしかけていました。
ですが逢瀬を重ねるたびに、その違和感に気がついたのですわ…」
彼は、今、どうやって私を言い含めようかと考えをめぐらせているに違いない。
何を言われても、誤魔化されたりなんてしない。
こんな哀しいことこれ以上続けたくない。
終わらせなければならないのだと紫織は決心していた。
「あなたの眼を見れば、いくら世情に疎いわたくしでも理解できます。
あなたは、鷹宮の力添えが欲しいだけ…それならば、そう、素直におっしゃって下さればよかったのです……」
はらはらと、涙をこぼす紫織に、真澄はかける言葉を失う。
「…僕は……」
「あら、ふふ、困ってらっしゃるの?真澄様のそんなお顔は初めて見ますわ。可笑しい…わたくしだって、いつまでも鷹宮のもの知らずな娘ではありません。大切な『ご友人』の真澄様に協力して差し上げる事だって出来るんです」
ハンカチーフを頬に押さえて涙を拭くと、紫織は泣いていた顔を一変させて、微笑んだ。
「聞こえていますの?あなたの力になりたいと言ったんですのよ、真澄さま」
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