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光風11






さわさわと、優しいそよ風がテラスを抜けていき、マヤの前髪をなでていく。

ずっと泣き続けていたマヤだったが、散々泣いたところであたりの静けさに自分の嗚咽が響き渡っているのが恥ずかしいと感じはじめ、ぐびっと泣き声を堪えた。

頭の中で、自分の放った言葉を反芻し、きまりの悪い思いでテーブルに伏せていた頭を持ち上げると、マヤはずびっと鼻を啜り上げた。

ああ、やっちゃった…みっともない。

あの人たちの思うつぼじゃない。こんなみじめな姿見せちゃうなんて。



涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげたマヤは、真ん前で片肘をついて座っている真澄に険しい顔を向けた。

「……どうして、そこにいるんですか」

「どうしてだと?愚問だな」

まるでここにいるのが当たり前と言わんばかりの口ぶりだ。

マヤは居心地悪く手に持っているハンカチを握りしめた。

涙で潤んだ視界に、真澄のハンカチが差し出される。

「落ち着いたか?」

マヤのハンカチはもう涙でぐしょぬれだった。

小ぎれいなそのハンカチを無視して、マヤは赤く腫れた目尻をぐいと袖で拭った。

そうしてやっと、前に座っていた人物が替わっていることに気がつく。

「あ、あの…し、紫織さんは」

「彼女なら帰ったが?」

「ど、どうしてっわ、私、今、紫織さんと大切な話をしてたんですよ!」

「大切ってどんな…っは、おい、ちびちゃん!ひどい顔だぞ」

婚姻届の上に突っ伏して泣いたせいで、署名のインクが滲み目の周りに黒い汚れを作り、署名の脇に押されていた印の朱がそのままマヤのひたいに転写していた。

そんなことに気がつきもせず、マヤはぎりりと真澄を睨み付ける。

「…誰のせいだと思ってるんですか」

「俺だろう?そんなにも好きだったとはな」

「…ち、違います!うぬぼれないで下さい!」

真澄は腕をのばしてマヤの顔を拭う。

頬に当たる指に、マヤはびくっと震え、顔を拭いてくれる真澄の手を意識して硬直する。

「触れたか?」

「…は?」

「柳禅は、君に…」

「な、なんで、鷹久さんがそんな事私にすると思うんですか…」

「女に手が早いと有名な男だ。そんな男の所に君がいると聞いて…」

あ、確かに呆れるほど女性好きな人だったなあの人…そんなに有名だったんだ…

「俺ははらわたが煮えくり返りそうだった…」

「……速水さん、何か悪いものでも食べたんですか?」

「違う。俺は…」

言い募ろうとする真澄に、マヤはげんなりとした顔をして立ち上がった。

もう、嫌だ。

こんな目にあってもまだ、私はこの人のことが好きで、僅かな期待や、とんでもない誤解をしそうになってしまう。

「…私、帰ります。悪趣味すぎる冗談にこれ以上つきあえません。さよならっ」

こんな酷い出来事、もう覚えていたくない。

「待つんだ、マヤ。俺も…君に話があるんだ」

追い縋って腕を掴んだ真澄を、憎しみをこめて睨みつける。

「私は、もう何も話すことなんて何も無いです。だって、あなたは私の事なんかなんとも思ってないんでしょう?!そう言ったじゃないですか。それなのに…そうやって思わせぶりな事言ってからかうのはやめて下さい!」

「からかってるんじゃない。本気だ」

「そんな冗談…」

「冗談なものか」

「いいえ!もう騙されない」

「騙したりなど、しない」

「う、嘘」

「嘘なんかじゃない…」

そう言いながら、真澄はマヤを抱き寄せる。

マヤは真澄の体温を近くに感じてもなお、信じることができなかった。

それでも、愛しい人の腕に包まれる誘惑には抗えない。

何も反論することができなくなり、真澄の胸に体を預けていた。


…なんて、ひどい人なんだろう。

こんなに意地の悪い人を、私はどうしてこんなに好きなの…


髪にかかる真澄の吐息を切なく感じて、唇を噛み締める。

どれだけ体が近くても、心は繋がらない。遠くて、哀しくなる。


「速水さん、離して…」


真澄は、腕を緩めてマヤを見つめる。

吸い寄せられるようにその視線にとらわれ、噛み締めていた唇が柔らかく弛緩する。

何も、考えられなくなっていた。

頬を傾けて近付く真澄に、マヤは目を見開く。

唇が、触れそうな距離…

と、思う間もなく、真澄の伏せられた睫が視界いっぱいになった。

え…?!な、なんで…?!

「…っ、やだっ、止めてください!わ、私の気持ちをこれ以上馬鹿にしないで!」

「マヤ!」

「やぁーだぁあーーーーっ!嫌い!!」
 
真澄の手を払い、その体を突き飛そうとするが、ひょいと身をかわされてしまい、ひっくりかえったのはマヤのほうだった。
 
「ひゃあっ」

「おいおい、ちびちゃん…何をやってる」

笑いながらマヤの腕をつかんでひき起こそうとする真澄の手を、マヤは払いのけて睨み上げる。

「なにやってるって!速水さんがよけるからじゃない!大っ嫌い!」
 
「意固地だな」

「大っ嫌いっ!速水さんなんて!大嫌いーーー!」
 
「大嫌い?大好きだろう?」

「はっ?はああっ?!何言ってるんですか!大っ嫌いです!顔も見たくない!!」

「なぜ?」

「なぜって!冗談でキ、キスとかするし!そんなふうに平然とあたしをからかうし!」

「仕方ないだろう?冗談でキスしたんじゃないんだからな。本気だと、言っているんだ…マヤ」

「きゃあああああーーーやだーーーっ」

「お、おい、マヤ!」

逃げるマヤに、なんとか話をしようと追いかける真澄。






二人の様子を物陰で見ていた爺やは思いました。

坊ちゃま…よもやこれは…取引不成立になるのでしょうかの?!

「もしもし、警察でございますか?大変です!背の高い中年男が嫌がる女の子にいかがわしい行為をしようとしています…!」

「おいおい…それ洒落にもならんから。通報はやめとけ」

「ああ、鷹久様、お戻りになられたのですか。あー、はらはらいたしますなぁ!爺も、学生の頃をほんのり思い出してしまいますぞ、いや青春の一ペエジでございますな。それより、朗報でございますよ!鷹久様!」

「もしかして、俺が打診してきた事に関係ある?さっきは、さんざんごねてつっぱられたんだけど。もしかしてこっちの言い分を呑む気になったのかな」

「ええ。先程、近々に会合の場を設けたいと」

にやりと、笑いあう。

「ふふっそうか、じゃあ、いよいよ…」

「は、いい風向きになりましたな、坊ちゃま。柳禅グループの総帥としてまた一歩前進いたしましたな」
「うん!俺、今度こそあの人を、手に入れるんだ!」

爺やの物言いたげな表情をよそに、鷹久は満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

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