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「ありがとう!爺や!ありがとう!北島!ああ、俺ってなんて幸せな男なんだ!」
マヤはじっとりと湿った視線で、浮かれ騒ぐ鷹久を見る。
「なーんか、お幸せそうですけど。どうされたんですかねえぇ?」
「そういう北島は、なんか機嫌悪そうだけど…どうしたの?」
まさか、あの冷血男と、うまくいかなかったのか?!
「最初から…知ってて私を拾ったんですね?」
あの後、真澄に「君の面倒は俺が見る」とか言って渡された契約書は、柳禅から大都への移籍に関するものだった。
いったい…いつから私には柳禅の専属秘書という役付きがついていたんだろ。
実質、そんな仕事は書類一文字だって受けてない。
ニセモノの雇用関係が勝手に結ばれていた事にマヤは驚き、それを真澄が持っていた事にさらに驚愕した。
「あなたが柳禅グループの総帥だなんてまったく聞いてなかった…私を恩人だとか言って持ち上げて善意で置いてくれてるようなふりをして、やっぱり何か裏があったんですね。それはまあいいですけど、速水さんと、ぐるだったなんて…」
「それは違うよ!確かに速水真澄との交渉に北島は利用価値高かったし、あの人に手厚く看病してくれって頼まれたからだけどさ」
「あの人?あの人って誰なんです?!」
「いや、とにかくさ、君のおかげで俺は失恋から立ち直るきっかけがつくれたんだ。君があそこに倒れてなかったら、俺はいまだにストーカーまがいのこと続けてたかもしれない」
「ス、ストーカー?!」
「うん。ずっと好きだった人に声をかけるきっかけを、君が作ってくれたんだ。相手にされなくて、婚約までしてる女性をずっとあきらめられずにいたんだよ。どうにかして、奪い取ってやろうと思っていたんだ」
「それって…」
…まさか。
紫織に呼び出されたとき、やたらと行く事をせかし、ご親切にも送り届けてくれたのは…
きっと、それにも、色々魂胆があったんだ。
「頑張れ」とか、純粋に私のために言った言葉じゃなかったんじゃない…!
マヤは頭をかかえたい気分で恨みがましく鷹久を睨んだ。
「それにしたって!それならそうと初めに言ってくれればあんな取り乱したりしなくてすんだのに!」
「え、そんなに、取り乱したの?」
「ええ、それはもう、パッション全開でございました。爺やはすべて見ていましたぞ、こう胸がキュウンといたしました」
「ひどい!ひどいですよ!!みんなして面白がって!私を、なんだと思ってるんですか!!」
「ええー?いいじゃないか、それで北島だって結果的には円満になるわけだし。みんなで幸せになれたんだからさー」
「私は!幸せじゃ、ないです!」
「なんで?速水真澄とうまくいってないの?」
「だって、そうそう簡単には信じられないもの」
「でも好きなんだろう?いいじゃないか、そんなに意地はらなくったって。素直に彼の胸に飛び込んだら?」
「…何かまだ魂胆があるんでしょう?」
「ないない!大丈夫だよ!すっきりあとくされ無し!こんなにうまくいくと思わなかったなあー、俺、これからデートなんだー」
「えっ、デートって…」
「もちろん、本命の彼女だよ。他の子達にはちゃんと言って断ってあるし。結婚を考えている人が出来たからもう会えないってね」
「へ、へええー」
そうそう人って変われるものなのかなぁ…
「…よかったですね、大事に出来る人が見つかって」
「うん!ありがとう!北島も、大事にしておいで!じゃあね!」
「………」
意気揚々と出かけていく鷹久が、なんだか羨ましくなってきて、マヤはちらりと時計を見た。
まだ間に合う、かな…
真澄に指定された時間に社長室に着くと、すぐに封筒を渡された。中を開けて見て、マヤは眉を顰める。
「なんなんですか?これ」
…ついこの間も、同じ形式の書類を見たような気がする。
「この間は、君が涙でぐしゃぐしゃにしてしまったからな」
ご丁寧にも、記名と印鑑までも同じようにしてある。
「な、なんで…」
「マヤ…君はいつまで柳禅の屋敷にいるつもりだ?」
「も、もう自分のアパートに戻ります!」
実際は、戻ろうとしたらもう勝手に鷹久が解約していて、今は新しい住まいを探しているところだった。
それは真澄には知られたくなかったマヤだったが…
「何処に?君が住んでいたアパートはもう別の入居が決まっているらしいが?」
…知られたくないもなにも、なかった。真澄にはすべて筒抜けなのだ。
「君の住まいは、俺が用意しよう」
「どうして、速水さんがそんなこと」
真澄にすっと手を握られて、マヤはぎょっとして目を見開く。
な、なに…?そんな神妙な顔したって、だまされないんだから…
「すまなかった。君の気持ちを傷つけたことは、俺の傷にもなっている。どうか…許してはもらえないだろうか」
「…ゆ、許したら、どうなるんです?罪をつぐなえるとでも思ってるんですか?」
「償わせてくれないか?」
「ど、どうやって…」
「俺の、すべてをもってだ」
「私が、紅天女を放棄しても、そう言えますか?」
「なぜだ?それが何の関係がある?」
「し、紫織さんのことは?まだ…好きなんじゃないんですか?」
「紫織さんには、分かっていたんだ。俺が彼女ではなく、君を好きだということが」
「そんな…」
「俺は、君が好きなんだ。もうずっと長く…君を見ていた。君は…俺が紫のバラを、贈っていたことを知っていたんだな」
「!」
真澄からバラの事を告げられると、マヤの目から涙が湧き上がり、ぼろりと大粒の雫を頬に零した。
「いつから、気付いていた?知っていて、なぜ黙っていたんだ?」
「だって…!言ったら、速水さんは、もうバラを贈ってくれなくなると思ったんだもの…!」
「マヤ…」
「どうして…正体を隠していたんですか…」
「贈り続けているうちに、君を愛おしく思う気持ちが大きくなっていた。正体を明かせば、それを君に伝えてしまいたくなる。速水真澄ともあろう男が、年の離れた君のような娘に恋焦がれているなんて…許されはしないだろう」
「………」
「マヤ?」
真澄は、涙を流すマヤの顔を覗き込んだ。
「は、はやみさんなんかっだっだいっき…っ」
最後の方は聞き取れないほどしゃくりあげるマヤ。
想いを伝えようとする唇から頬をなぞって、真澄は緩やかに頭を撫でた。
前に進むのにどれだけ時間がかかったのだろう。
こんな日を願う心に、逆らいつづけた日々が嘘のようだ。
やっとのことで嗚咽をおさめたマヤに、真澄は優しく告げる。
「マヤ…改めて聞く。結婚してくれるか?」
明確なプロポーズの言葉に、マヤは泣きすぎて赤くなった目を眇める。
恥ずかしさと感激、それから腹立だしさが入り混じり、マヤはぷいっと顔を背けながら精一杯つんととがった声を出してみせた。
「もう知らない!どうせいやだって言ったって聞かないんでしょう?か、勝手に!かってにしたらいいんだわ!」
「…そうか」
くっくと笑う真澄を、マヤは面白くなさそうにふくれ顔で見つめる。
「…速水さん」
「うん?」
「私は、まだ速水さんの言うこと、信じられないんです」
「ああ、それも仕方ないだろうな」
「こっ、これから長い時間をかけてそれを私に解らせて下さい…」
「それは…嫌だな。もう充分過ぎるほど長い時間をかけたんだ、そんな悠長な解らせ方はもう出来ない」
「…そうじゃなくて!ああ、もう!鈍感!今のはプロポーズに対する返答です!」
「ふっ、チビちゃんらしくないな、今度は遠まわしに言うことにしたのか?」
「いーっ速水さんに言われたくない!」
憎まれ口を言いながらも、マヤは頬が弛んでいくのを感じる。
もう、ずっと抱えていたわだかまりなんてすっかり消えてなくなっていた。
胸に柔らかく暖かな光が注ぐ。
二人はふっと笑い合い、どちらからともなく抱きしめあったのだった。
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