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光風7







夕暮れと共に、冷たい雨が降り始める。
真澄が柳禅の屋敷に着いたのはあたりがすっかり暗くなった頃だった。



「お足元の悪い中御労足頂いて大変恐縮にございます。ささ、こちらでございます」

品の良さそうな老執事に案内されて、応接室に通される。

「ぼっちゃま、速水様がいらっしゃいました」



窓際で雨をみていた鷹久が、くるりと振り返る。

「正直言っちゃうとさ、あんまり食指動かないんだ」

開口一番、迷惑顔でそう言って、鷹久は真澄を気だるげに睨む。

「あなたの会社になんの魅力も感じてないしね」

「ふっ、呼びつけておいて、不躾な男だ、いったい、何の話をしているつもりだ?」

「買収したもののあなたが辞任でもしたなら、あんな会社ただのお荷物だし、っていうハナシ!」

つかつかと近寄り、ぐいっと、顔を突きつけて真澄の造作をまじまじと見るや、鷹久は苦く毒づく。

「くーそーっ、なんでこんな男がいいんだーーー!!」

おっさんじゃんか!おっさんじゃんかー!確かにかなり、いやちょっとだけ整った顔してるけど、性格悪そうだし、家柄だって決していい訳じゃないし…いや!いやいや!やばい、もしかして俺、まーた発想が小学生並みになってる?俺…あら捜しなんかしてカッコわりー?そんなことだから、選んでもらえなかったんだ、俺ってこのおっさんより劣ってるよな、勝ってるのは顔と若さだけか?うーわーマジへこむ!マジでへこむわーーーー!!

どこでも構わずうだうだと考え出す、悪い癖がでる。

(ぼっちゃま、やくそくやくそく!)

ついと寄ってきた爺にわき腹をつつかれ、鷹久は両手を頭に乗せて、あーーーとため息をつく。

爺が鷹久と真澄の間に割り入り、穏やかに微笑みを浮かべる。

「主が大変失礼をいたしました。いま、お茶をお持ちいたしますので、どうぞお座りになって頂けますかな?さあ、鷹久様も」

優雅な物腰で椅子を勧める爺に促がされて、真澄が怒り出すでもなく悠然と応接椅子に座るのを見てから、鷹久はその向かい側に座った。

まずい…俺って仕事より私情が優先って言うか、100パー私情しかないんだよな…
やたらデキル人間目の当たりにすると、もりもり劣等感湧くし…


「…すみませんね、速水さん。あなたの御噂はかねがねお聞きしているんですよ。仕事の為なら冷血にもなる、付き合いたくない種類の人間だと認識していたものでついね」

「ほう、ごあいさつだな、そんな人間をわざわざ呼びつけるんだ、余程の理由があるんだろう?」

「まあ冷血なら、今日ここに来なかったはずですが。本当はとってもハートフルな人みたいだね」

「…君には冷血にならざるを得ないようだが?それでもそう言えるのか?」

「…それでも、あなたには頼みがあるんです。なんでかって言うとさ、仕方なく、って感じ?」

(鷹久様!言葉遣い!)
ごすっ、茶を出したあと傍らに立っていた爺にまたわき腹を突かれるが、鷹久は気にしない。

「俺に何をしろと?…欲しいのは、鷹宮だろう?」

真澄の冷えた眼差しを、鷹久は負けじと見つめる。

「そのとおりですよ、速水さん。ご存知のとおり、鷹宮はここ数年で調子に乗って短時間に事業を膨らませすぎた。ケアの甘い傘下企業を抱え込みすぎて今や足元ぐっらぐら、親会社の根性だけで乗り切れるはずもないのにさ、あの爺さんときたら対処するどころか自分の首を絞めるような真似をし続けてる。均衡が崩れるのも時間の問題だと思うよね」

「…」

「ま、その均衡つっついてるのがウチなんですが。お気づきでしょうけど」

鷹宮をめぐる一連…鷹宮傘下企業の倒産が相次いでるのは、それぞれの経営者の手腕の悪さだけではない。
資金繰りの悪化や内部告発に内部抗争、火種をたきつけのはいずれも外部からの要因があった。
それは鷹宮の上層部にも分からないように、巧妙に。
真澄がそれに気がついたのは、鷹宮の孫娘との婚約が決まって暫くした頃だった。

何処の仕業なのかはどれだけ調べあげてもはっきりしなかった。が、真澄はそれをぎりぎりのところで大都の逆転劇に利用できるかもしれないと企んでいたのだ。

確信が持てずにいたが…
やはり、この男の仕業だったのか…
相手への認識が一転する。

「それなら何故、今なんだ?放っておいても鷹宮はいずれ買い叩かれると分かっているんだろう?」

「買い叩かれるようなことにはならないんだよ、このままいけばね。なんであなたの会社は鷹宮と繋がりを持とうとしてんの?大都さんはフィールドが欲しくて、あちらさんは『速水真澄』が欲しいんだろう?あなたが一人いれば、鷹宮だろうが大都だろうが安泰だってことは俺でも分かる。ちょっと前は、いずれあなたが大都も鷹宮も握したら手を出してもいいかなとも思ってたけど、事情が変わってね」

「ふっ、恐ろしく買いかぶられたものだ。まるで大都が鷹宮を吸収するかのような口ぶりだな」

 「あれ?違うの?そのつもりなんでしょ?最終的には」

「馬鹿馬鹿しい。婚約の件だけで想像したにしては少々稚拙すぎないか?」

「じゃあ、なに?仕事抜きで好き合って、婚約したと言いたいわけ?」

「たとえそうだとしても、今は関係の無い話だ」

「…純粋に、愛してなどいないくせに」

「…なんだと?」

ふーぅと長く息をついて、鷹久は背もたれに体をあずけた。

「まあ、いいよ。じゃあ、大都辞めてうちに来てくれません?どうせいつか、捨てるんでしょ?あの芸能プロダクション。なら、今、捨てたっていいんじゃん?」

真澄は、失笑して、鷹久から視線を外す。やはり、話にならない。

「捨てちゃいなよ、愛着湧いちゃってるかもだけどさ。それとも、ニセモノの親子関係が惜しい?まあー見事に似てないよねお二人さん。あなた、このままあのおやじの傀儡で終わる気なんかないでしょう?」

「…馬鹿な、そんな話に俺が乗ると思うのか?」

「えー?メリットたっぷりだと思うけど?正直言ってあなたのことは虫が好かないけどさ。それとこれとは話が別だもんね。だって俺は、あなたのように優れた能力も才能もない。だからあなたに来て欲しい。ウチの持ってるマーケットはあなたの手腕を存分に生かす事ができると思う。うちにくれば、あなたは確実に、あなたの父親を超えることができるんですよ?」

「色々調べたようだが…話はそれだけか?」

「今すぐに返事しろなんて言わないよ。考えておいて欲しいな。あ、ほかにも何か気になることがあったら、何なりとお答えいたしますが」

「………いいや」

「そう?ないですか?ないですね?」

「……そう、言えば…噂を、聞いたが…」

「噂?あー北島マヤと俺が恋人同士っていう?何?あんな根も葉もない噂、信じてんの?」

「な…」

「まあ、あんたんとこの情報筋にリークしたのは爺らしいよ。爺のやつ、よっぽどあなたにここへきてもらいたかったんだなあ。効果テキメンだったみたいだね」

「ただ、北島マヤという女優が商品としてまだ価値があるのかふと気になっただけだ。俺には関係の無い話だがな」

「そう?ご希望なら会わせてあげようと思ってたのに」

「!!……今ここに…まだいるんだな」

顔色が変わった。冷血漢の面の皮を剥ぐ糸口を掴んだと感じて、鷹久はずばりと尋ねる。

「ねえ、あなたって、北島マヤ好きなの?」

それには応えずに、真澄は鷹久を鋭く睨んだ。

 「…彼女をどうする気だ?紅天女としての女優生命を潰すような事があるなら、こちらにも考えがある」

「なんで?あなたがそんなことできる権利あるの?そんな変な圧力かけなくったって、条件のんでくれれば、彼女にも大都にこれ以上手出ししないし。とりあえず、ヘッドハントは即決無理そうだから、これ、当面の妥協案ね」

真澄が話に応じないのを予期していたとばかりに、テーブルの上にばっさばさと書類を放り出す。

「あんたは当面大都を辞められない。紅天女を引き取らないといけないからね」

「っ…なんだと?!」

「だってウチ芸能関係には手出す気無いし。ウチが大女優を所有してても宝の持ち腐れ。餅は餅屋に。馬は馬方。俺の欲しいものは一つだけ!あんたにも好都合!こんな理にかなった取引は無いんじゃない?」

「…北島マヤを所有だと?そんな取引に応じるとでも?いったい、どんな裏が?」

「疑り深いな!裏も表も横もななめもねーっつの!ほらほらほらとっとと書類にサインしたした!ほいこれ、北島マヤに関する契約書ね」

「む、お、おい…ちょっと、待て」

「ぼっちゃまは、こう見えても意外と強引な方です」

「そういう問題か!」


こんな男がよく柳禅を継いだものだ!
マヤは…こんな男の元で生活しているのか…?

「あ、なーんか聞きたそうな顔してんねー?」

「そうですな、きっと、彼女のことですぞ」

「なん…?なんのことだ?」

「ああとぼけてる。素直に聞きゃいいのに」

「まったくですな」

「…っ!いい加減にしないか!マナーも守れないような男との取引にこちらが応じると思うか?!自分の立場というものを分かっていないのか?!」

「自分の立場なんてよーく分かってるさ。だから俺は今、こうして闘っていられるんだ。だいたいさあ、己の欲望のままに生きる事の何がいけないんだ?好きな女の為に自分の財力注ぎ込んで何が悪い?俺は、彼女を幸せにしてやる為なら何だってするよ?己のちっちぇプライドなんか糞食らえー!だね」

「…おまえなら、マヤを、幸せにできるとでも…?」

「あ、なんか勘違いしてる?まあ、匿名で紫色のバラ贈って自己満足してるくらいだからなー相当な勘違い男には違いないよなー」

「な…!」

「北島はさあ、ちゃんと分かってるんだよ」

「どういうことだ?マヤは…おまえに何を話した?!」「なん…っ!紫のバラを贈った事や、俺がマヤを物陰からこっそり見ていた事まで、話したのか…?おまえとマヤは…まさかもうすでにくんずほぐれつのたいへんな仲に…!?」

「爺、黙ってろって」

「は…申し訳ありません、ついいつものくせが…こういうシリアスなシーンはどうもいけませんな」

「でも、ま、今爺が言ったとおりかな、だいたいそういう事だ」

「…マヤと…たいへんな仲に…」

「そこじゃねーよ…いいか?北島はまだあんたの事が好きなんだ。大事なパトロンていう意味でじゃねーぞ?わかるよな?」

「それで?傷心のマヤを慰めるために、もう二度と俺にマヤと接触するなと言いたいのか?」

「あのさ、俺は北島に恩があるから家にいてもらってるだけで、恋愛感情なんて持っちゃいないんだよね。北島が俺に話したのは、紫のバラの人っていうあしなが気取りの話と、そいつに盛大にふられたって話だけだ」

「あ!坊ちゃま嘘を申しております!恋愛感情なんて持っちゃいな…ぐふぅっ!」「俺は俺でちゃんと好きな人がいんの!絶対にその人と添い遂げる!そのついでに、あんたらも取り持ってやろうっていうわけ!」

 それが、あの人の願いならば。

「つべこべ言わず、言うとおりにしたらいんですよ、速水さん!それでみんなハッピーになれるんだから!」

そう、なのだろうか?そうとは、とても思えんが。

戸惑う表情を読み取って、鷹久は両手をあげてさらに力強く言い切った。

「そうなの!そうするんだよ!俺と、あなたで!」 


 

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