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光風8





「明後日も、お会いになるんでしょう?本当に、仲がよろしくて羨ましいくらいですわ」

ドレスを見立てた後で屋敷へ戻る車に乗る紫織に、付き添い人が微笑む。
夢のように幸せな時間を過ごしているだろう女性へ向けられた羨望を、紫織は軽く口の端をあげてかわす。

あなたが思うほど、真澄様はわたくしを想って下さってはいないかもしれませんわ…



いつも紫織をいたわる真澄の優しさに、言いようの無い違和感を感じ始めたのはいつからだろう。

理由を考えることはあったが、それを信じたくなかった紫織は、その違和感から目を背け続けてきた。


けれども、昨日。

待ち合わせの場所にいつもより早く着いた紫織は、それよりも早く真澄がその場所に着いているのを見て頬を染める。

「真…」

呼びかけながら近付こうとした足が、ぴたりと止まる。

見たことの無い辛辣な顔をして見下ろした真澄の視線の先に、一人の女性。
少女の面影を残したその人が誰なのか、紫織はよく知っている。
嘲る真澄にむかって、それでも彼女が声を張り上げて言い争う、その内容に衝撃を受けたのではない。

真澄様に、告白?

ああ、だけど…

真澄様は、あの子を拒んだ。

あんな真澄様、初めて見た…

あんなに冷たい言葉、聞いたことがない。

…いいえ、あれが、真澄様の、本当の顔なのだとしたら…?

わたくしには、やはり、偽物の顔しか見せては下さっていなかったの?


だけど…わたくしだったら…?真澄様にあんなふうに拒絶されたら…



紫織は動揺を押し殺して、北島マヤが去ったあとで、今来たというように真澄の前に姿を現した。

真澄は何事も無かったようにいつもと変わらない様子で紫織と会い、食事を共にしてくれたが、紫織の不安は大きくなるばかりだった。







物思いに沈んでいた紫織は、はっと息をのんだ。
車窓の外に、その姿を見た気がして、人通りのほとんど無い薄暗い歩道を振り返る。

あれは…北島マヤ…!

迷う間もなく、口にしていた。

「…止めて。車を、止めて頂戴!」

「どうされたのです、紫織様?」

「わたくし…ここで降ります。一人で帰れますから、車はそのまま屋敷に戻っていて結構です」

「なんですって、いけません!こんな寒い中歩かれてはお体に…紫織様!」

「大丈夫です、ここから屋敷まではそれほど遠くないでしょう?少し…歩きたいのですわ」



あの子…なんだか、様子がおかしかった。

今も、真っ青な顔をして、ふらふらとおぼつかない足取りで公園へ入っていく。

紫織は、相手に見つからないようにそっとその後をついて行った。

人影の無い、暮れていくしんと寒い公園は、どこか寂しい雰囲気だ。

…こんなところに、何の用が?



  わたくしだったら…真澄様にあんなふうに拒絶されたら…

    死んでしまいたいと、思うかもしれない…

そんな可能性に気がつき、紫織はぞくっとして我に返った。

考えに気をとられたわずかな間に、マヤの姿を見失ってしまったのだ。

慌ててあたりを見回すと、子供の遊具がある広場が見えた。

ふたつあるうちのひとつ、ブランコの椅子が乗っている人もいないのに揺れている。

揺れている、その下に…

「…っ」

誰か、倒れている。

「き、北島、さん?」

恐る恐る近付いてみる。砂の上に散った黒髪。小柄な体。

地面に頬をつけて倒れている女性は、間違いなく、あの北島マヤだった。

紫織はその人のそばへ駆け寄る。

「北島さん、北島さん!!しっかりなさって下さい、北島さん!」

いくら呼びかけて揺すっても、体はぴくりとも動かず、目を開く気配も無い。

まさか。まさか、そんなこと。

「そんな…い、いや…いやです、こんなこと…」

体の力がくたりと抜ける。


「どうしたんです!?紫織さん」

「いや…いや…!」

「大丈夫、落ち着いて…ん、この子誰?なんで、こんな所で寝てるんだ?」

「ぼっちゃま、すぐそこで、こんなものを拾ったのですが…」

「なにこれ?」

「どうやら、睡眠薬のようです。中身は空っぽですので、もしかすると全て一度に飲んでしまわれたのかもしれないですぞ」

「え、それは大変じゃないか!!きゅ、救急車を!今すぐ救急車を呼ばなくちゃ!!」

大慌てで携帯電話を出したその手を、紫織の手がぎゅっと掴む。

「い、生きているのですか…」

「ええ、安心してください。今、救急車を呼びますから」

「…っ駄目!駄目です!救急車はお呼びにならないで!」

「はっ?なんで?」
「そうはまいりません。急いで手当てをしなければ手遅れになりますぞ」

「っ…この人の顔に、見覚えはありませんか?!」

「…うーん?…ないなあ」
「ああ、そういえば…!わたくしのいとこの妻の妹の旦那の姉の友人の母親が飼っておりましたポメラニアンににております」

「っ北島マヤですわ!紅天女を奪い取った女優、北島マヤです!」

「ああ!そういえば!」
「して?なんで紅天女がこんな所に?」
「とにかく車に運びましょう。体が冷え切っています」
「ふむ。脈拍は異常なし。急いで屋敷に戻って主治医に見せましょう。あなた様は、この方のお知り合いなのですかな?」

「いいえ…いいえ!私はこの方と面識はありません!だけど…この方がとても、おつらい目にあったのを、知っています…このうえ、こんな事が世間に知られることになったら、立ち直れないのではないかと思うのです…」

紅天女という役を得た彼女が、なぜこんな事をしたのか、マスコミに知られたら詮索されて大騒ぎになるかもしれない。

何より、真澄様に、知らせたくない。

北島マヤが、自殺未遂をしたと知ったら、真澄様は…




紫織をじっと見ていた男は、僅かに瞳に影を落とした。

「………ふぅん…そっか」

「あ…あの、お願いが…あるのです…」

「ああ、大丈夫。この子のことは俺が責任をもって保護します。それより…」

じっと、まっすぐに紫織を見つめる。

「あなたは、覚えていませんか?」

「何をです?」

「俺の、顔を、です」

この方の、顔…?

紫織は、そのときになって初めて、その男性の顔をはっきりと見た。

外灯がまばらな薄暗い公園で、少し苦笑いをしているその人に、紫織ははっと息をのんだ。










あれは、初めて真澄に伴われてのパーティーだった。

「おっと」
「きゃっ」
「すみません!うわあああ、どうしよ、どうしよ!すみません!弁償します、新しいドレスを」

大慌ての男、ドレスをワインで赤く汚されてしまった紫織。

「紫織さん、どうしました?」

後ろを向いてほかの招待客と話をしていた真澄は男の大声に気付き、立ち竦む紫織を覗き込んだ。

「あ…あの、この方とぶつかってしまいましたの。それで、少し」

「なんてことだ…さ、紫織さん、こちらへ。新しいドレスを用意させますよ」

「まっ、お優しいのですね。紫織は…とても嬉しいです…」

紫織にワインをかけてしまった男は、目をむいて二人の前に立ちはだかった。

「待て、待て、待て!!僕が、ドレスを弁償すると言っているんです!僕が汚してしまったんですから、当然のことでしょう?!」

「どうぞ、お気になさらないで。こういった場では時折あることですわ」

「さあ、紫織さん、一旦ここを出ましょう」

「ごめんなさい、真澄様。せっかくの場ですのに…」

「何を言うんです。僕のほうこそ婚約者として当たり前のことができませんでした」

「え…?」

「あなたを守ることが、できなかった。この身を挺して僕がワインに濡れればよかったのです」

「まっ、そんなこと…」

会場から廊下に出ていく二人を、男は追いかける。
紫織を備え付けの椅子に座らせて、ドレスの染みが隠れるようにジャケットをかけてやる真澄を、男はじっと見つめた。

「ここで待っていなさい、今、人を手配します」

「はい…」


真澄が去った後で、男は紫織の側に歩み寄る。

「あーあ、目をハートにしちゃっておいたわしい。いまのが婚約者?嘘でしょ?」

「え…あ、先ほどの方…」

紫織が目を上げると、男は露骨にむっとした顔をしていた。

「あの男は、あなたを好きなわけではないでしょう?」

「…えっ?なんですって?!」

「意に染まらぬ結婚であなたが不幸になるのが分かっているのに、それを止めずにいるなんて馬鹿げたこと…俺にはできないよ」

「言っている意味が…わかりませんわ」

「あれ?まさか、恋愛している気になっているんじゃないだろうね?あの男は、あなたの家柄を大切に思っているだけで、あなたを大事に思っているわけじゃない。そんなことも、理解できないの?」

「あ、あなたには何も誇れるものがないのではなくって?!わたくしにはあります!人を愛するということが、どれほど素晴らしいことか知っていますの!そんな感情も持っていないあなたに、そんなことをいわれる筋合いはわたくしにはありません!」

明らかにカチンときた様子で、男は紫織に食って掛かる。

「そうですね、あなたは何でもお持ちのお嬢様だもんね。そうして持っていると思っていたものが、全部消えて無くなるなんてこと、考えもしないんでしょうね、あなたは」

紫織は男の声に怯みながら、何かに気付く。どこかで聞いたことがある気がしたのだ。

「あ、あなた…」

泣き声。重く圧し掛かる罪悪感。蘇ってくる記憶に紫織は身を震わせた。

「そうですよ、あなたの言うとおり、僕には何も誇れるものがない!」

大声をはりあげて、男は紫織に宣言した。

「だから…!俺は、絶対、あなたと速水真澄との結婚を阻止してやる…!」

「ぼ、ぼっちゃま、何をおっしゃるのです!」

「爺は黙ってろ!僕は、大都を…鷹宮の家をつぶしてでも、必ずあなたを速水真澄から奪ってみせる!」

「なっ…」

いきなりの思いもよらない告白に、紫織は言葉が出ない。
そこへ丁度、紫織を迎えに来た使用人達が鷹久の発言を聞いて騒ぎ立てた。

「な、なにを言っているんです!」「この人を、誰か追い出して下さい!警備員を呼んで!」
「紫織お嬢様、さ、こちらへ。お召し物の準備が整っております」

「………ええ……真澄様は…」

「それが…急な御用事ができたとかで、社に戻られてしまったんです。こんな時に側に付いていられないなんて紫織さんには大変申し訳ないと、気にしてらしたのですが…」

「そう、ですの…」

今の方の言葉を、真澄様は聞かなかったのね…



…わたくしを、真澄様から奪う…?
鷹宮を潰してでも…?


それとも、まだ、わたくしを、恨んでいるから…?







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