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「ああ…あなたは…」
「思い出して、いただけました?あのときは、本当に失礼しました」
「な…なぜここに?」
「ぼっちゃまはずっとあなた様をストーキングし」「違う!見守っていたの!!」
こほんと咳払いをする。
「今日は、たまたまとおりがかったんです。あなたが、車から降りてくるのが見えて。それで、こっそり後を」
「やはりストーカーですな」
「ああ…うん…そうかもしれないな…」
今度はあっさりと認めて、溜息をつく。
「情けない…俺って、ほんと、情けない男ですよ」
こそこそと後をつけるなんて女々しい真似、かっこ悪過ぎる。
あの日だって…わざとドレスにワインを零したり、自分の弱さを指摘されて毒づいたり。
あげく、人目のつく場所で彼女に自分の願望を押し付けてみたり…
彼女の前で、いいところをみせたためしが無い。
「わたくし…わたくし、思い出したのです。あなたと、あのパーティよりも前にお会いしたことがありました」
「え…覚えていたんですか?」
男の顔が赤らんだような気がして、紫織は少し心が解ける。
「そうですよね…嫌な思いをさせてしまったんですから、覚えていて当然です」
男にとって、それはひどく苦い記憶だったのだ。
悲しみに包まれた会場を抜け出して、建物の脇にある木立の影から裏手にある川辺に下りる。
細く浅い川の水が、軽やかな音をたてて流れていくのを、鷹久は瞬きもせずに、じっと見つめていた。
後ろで草を踏みしめる音がしたことに、舌打ちしたい思いで少年は振り返った。
きっと自分を連れ帰りにきた大人だろうと思っていたが、違った。
歳は十前後だろうか。
透けるような白い肌と大きな黒い瞳、艶のある綺麗な黒髪。
フリルの付いた黒いワンピースに黒いハイソックス。
葬制にふさわしい色ではあったが、それはどこか衣装じみて見えた。
きっと、まわわりの大人たちが彼女のために誂えた、完璧なコーディネイト。
「…だれ?」
「わたしは…たかみやしおりです」
たかみや…なんか、お人形さんみたいな子だな…
「あの、大丈夫…ですか?」
「え…?」
「大人の人達が、みんな、あなたが気の毒だって。何にも無くなってしまったって、言ってたから」
少年は、くっと頬を引き攣らせた。
紫織はそれに気をかけることなく続ける。
「だから、わたしに、できることがあれば、何か…」
「っ…あんたに、できること…?」
「ええ、たとえば、一緒に美味しいディナーをたべたり、それから、一緒に何か、楽しいことをするの。そうすれば」
「そうですね、あなたは何でもお持ちのお嬢様だもんね。そうして持っていると思っていたものが、全部消えて無くなるなんてこと、考えもしないんだろ」
「…!!」
明らかに傷ついたという顔をして、少女は目に涙を溜める。
「ごめんなさい!ごめんなさい!そんなつもりではないの…!怒らないで…」
「じゃあ、どういうつもりだったんだよ?!こんなところにまでついて来て、俺を哀れんでいるふりをするなよ!」
いまにも泣き出しそうな顔をして、彼は喚き散らす。
「みんな…みんな、本当は…ざまあみろって、おもってるんだろ?!自分の会社が無事ならそれでいいって思ってるんだろ?関係ないって思ってるくせに!俺がこれからどうなるかなんて、どうだっていいくせに!」
「っ…」
「あんた、なんでもしてくれるっていうんなら、俺の父親返してくれよ!俺の母親返せよ!できねーだろ!できもしないくせに、その場限りの適当な事、いうんじゃねーよ!!」
力の限り叫んでから、彼はとうとうその場に泣き崩れた。
張り詰めていたものが切れたように、嗚咽も隠さずに地に膝をついて泣く姿に、紫織はどうしていいか分からなかった。
そのまま、何も告げられず、声を聞きつけた大人たちがそこにやってくるまで、ただ側に佇むしかできなかったのだ。
マヤを柳禅の屋敷に運び入れ、主治医に見せる間も、紫織は鷹久と一緒にその側についていた。
どうやら命に別状はないとはっきりすると、紫織は再びへなへなとその場に膝をついた。
鷹久がいたわるように肩を抱いて支えると、紫織はぽつりと呟いた。
「わたくし…本当は気がついていたのですわ」
「…何をです?」
鷹久が優しく尋ねると、紫織は大粒の涙を隠すようにして顔を両手で覆った。
「真澄様が、私を愛してなど、いないことを」
「…ええ」
そう、俺が教えたじゃないですか。
「それでも…わたくしは、あの方が好きだった…」
「ええ、知っています…」
「とても…とても、好きだったんです…!」
泣いて震える肩を引き寄せて、鷹久はそっとその頭を撫でる。
「わたくし…あきらめなくては、ならないのでしょうか。もう、どうすることも、できないのでしょうか…」
「あなたの価値が分からないなんて、そんな男、早く忘れてしまったらいいんですよ」
「…っ…そんなこと…っとても、できそうに、ありませんわ…」
「…あなたの悲しそうな顔を見ると古傷が痛みます。あのときから、女の子は、絶対に傷つけてはいけないっていうのが俺の信条になったくらいです…俺は、ずっと謝りたかったんです。あなたにひどいことを言ったことを…あれは、ただの八つ当たりだったから」
「……」
「でも、できなかった。あなたが速水真澄といる姿を見て、俺は、また同じ事をしてしまったんだ」
嫉妬だった。苛立ちが先立って、どうしてこんなに腹が立つのか考えたとき、はっきりと、そう分かった。
ああ、俺は…この人がどうしても欲しい。
あの、残酷なくらい無神経で無垢な存在に初めて会ったときから、ずっと意識していたのだろう。
「だけど、いくら相手を責めたって、心は軽くなんてならないんです。わかりますよね?」
紫織は、黙ったまま、涙をこぼし続ける。
「約束します。あなたが、立ち直れるように力を尽くすことを。それができなかったら、俺はもう死んだっていい」
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