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千紫5





真澄がステージに駆け上がりマヤを抱き起こすと、
彼女は瞼をあげて焦点の合わない目をうっすらと開いた。

「マヤ…」
呼びかけに反応して、マヤの体がびくりと、小さく動く。

「は、速水、さん…」

すぐに立ち上がろうとして体を起こすが、再度くらりと目の前が眩んでよろめく。
途端に麗の怒声がマヤの耳を打った。

「マヤ!この馬鹿!約束したろう?!無理はしないって!」
「………ごめんなさい…麗…」
「いいから、じっとしてな!たぶん貧血起こしたんだろうけど…万が一の事があったらどうする気なのさ!」
「そうだな…まだ辛いようならこのまま病院へ連れて行こう」
そう言いながらマヤを抱き上げた真澄に、麗はひそりと告げた。
「速水さん、マヤは…妊娠しているんです…それが他の人に知られないよう、安静に出来る場所へ移してもらえませんか」
麗のもたらしたその言葉が、二人の心を混乱へと突き落とした。

「…何、だと?」
「…っ…麗!」

耳にした言葉を即座には理解できず、真澄は、マヤの顔を見る。
「子供…?君のお腹にか?まさか…マヤ、その子は…」
マヤは震えだしながら、その視線を避けるように顔を背けた。
「違います…!わ、私一人の子供です!」
「ちびちゃん…一人じゃ子供は作れないことぐらい、いくら君でも分かるだろう?」
こんなときですら、常識外れな事を言うんだな君は…
真澄が呆れているような気がして、マヤは慌てて取り繕う。
「そ、そういう意味じゃないです!私にだってそういう人くらいいます!」
「それは誰だ?」
間髪をいれずに真澄が問う。
「君にとってそういう相手は俺だけだろう?その子は俺の子だと認めるんだ、マヤ」
麗は呆気にとられて、マヤに父親の認知を迫る真澄を見つめた。
な、なに言ってんだろ速水さん…マヤの子が…速水さんの子だって?
あ、あり得ないよそんなの!
戸惑う麗の前で、マヤは当然のごとく頑なに真澄を拒む。
「認めません!この子の父親はもういないんです!それでいいじゃないですか!」
「マヤ…俺の立場を重んじてくれているのはわかるが、そんな言い分は通らないぞ、
 君が俺を気遣う以上に、俺は君を大切に思っているんだ」
「…あなたを一番大切に思っているのは紫織さんだけですよ。
 たまたま出来た子供に縛られる事はないんです。私だって、その方が清々しますし」
「っ…この馬鹿娘!たまたまだと?そんな言い草があるか!!君と俺の子供だろう!父親の無い子にする気か?!」
「う…お父さんいなくったって、私は充分幸せでした…!母一人子一人のどこが悪いんです?」
「悪いとは言ってないだろう?!子供の事は突然で今はまだよく考えられないが…俺は…君の子の父親と認めて欲しいからそう言ったんだ!」
マヤは目を見開いた。その瞳が僅かに揺れたが、すぐに頭を振って真澄に言い返す。
「自分の子供でもないのにですか?そんなボランティアもう要りませんから!あの夜だけで充分です!」
「ボランティアだって?!君はあの日そういうつもりで俺を見ていたのか?」
「どちらにしても!あなたはもう私とは何の関係も無いんですから!もう私に構わないで下さい!」
「いいや、そういうわけにはいかない。俺は、君と君の子供を必ず速水家に迎え入れるからな!」
突きつけられた指に動揺してマヤは明らかにたじろいだ。

「なっ…馬鹿いわないで下さい!速水さんは父親じゃないって言ってるじゃないですか!」
「じゃあ、誰だって言うんだ?君は俺以外の誰と寝たっていうんだ?」
「な、なんてデリカシーの無い人なの!私がそんな誰とでも…するような人間に見えるんですかっ?!」
「見えないから言ってるんだ!君は俺が好きなんだ!好きな男の子供を宿したというならその男と添遂げるのは当たり前だろう!なぜ、そんなに事実を拒む?俺が、君に邪険にされて傷つかないとでも思っているのか?俺が君を愛も無く抱くような男だと、君は本気で思っているのか?」

「……っな…な…ななっ……」
捲くし立てるように一気に問いかける真澄の剣幕に、マヤは顔色をなくして何も言えず、ただわなわなと身を震わせた。
「俺は、君が好きだ。まずは、それを認めてくれないか」
真っ赤な顔で口をパクつかせているマヤと、完全に自分の立場を忘れて気持ちを吐き出しきった真澄が、そうして顔を見合わせたまま黙り込んでしまうと、会場内は水を打ったようにしんと静まり返る。

あまりにリアリティのない取り合わせに、まるで喜劇を見せられているような気にさせられていた会場の人々は、次第にざわめきを大きくし、呆然と成り行きを見守るしか出来ずにいた司会者も役者達も我に返りはじめる。記者の問いかけとカメラのフラッシュが思い出したかのように瞬き出した。

「ちょっと…あんたたち…ステージ上での痴話喧嘩はやめてくれない?」
「マヤさん、お腹の子に差し障りますよ、少し落ち着きなさい」
「社長、わりと声量あるんですね…お声、会場中に響きましたが…」
「あの…とりあえず、舞台そでにでも下がってやって下さい…ここじゃちょっと…」

困惑と諌めの声を掛けられて初めて二人は、自分達がステージの中央で繰り広げていた諍いを、沢山の好奇と驚愕の眼が見つめていることに気が付いたのだった…










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