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千紫7



濁りの無い澄み切った冬空が広がる。
清らかな空気を吸い込んで、確たる想いを胸に真澄はマヤを見舞う。
小さなアパートの階段を微かに軋ませながら、
真澄は胸の内で幾度も繰り返してきた感情を思い返す。
もう二度と彼女を見失いたくはない。

大事をとって自宅で安静するようにと医師から言い渡され、
マヤは麗の部屋でのんびりと過ごすことが多くなっていた。
この日もおとなしく本を読んでいたマヤであったが、麗の声で、つと顔をあげた。
「マヤ?速水さん来てるよ」
真澄の顔を見るなり、物凄く腹を立てているといったふうを決め込んでマヤは口をへの字に引き結んだ。
そうでもしないと、ほにゃほにゃと頬が弛んでしまいそうになるのだ…

「気分はどうだ?」
「………」
「今日も機嫌が悪そうだな」
いつものように笑う真澄に、マヤはバシ!と粗雑に本を閉じて脹れて見せた。
「…あたりまえです…忘れられないですよ…誰のせいであんな恥ずかしい目に…」
「ちびちゃんのせいだろう」
「…な!もとはといえばっ」
「待て待て。今日は君と喧嘩するためにここに来たわけじゃない」

ぽすん、とマヤの手元に小さな箱が投げ落とされる。
一見して、アクセサリーが入っていると分かるビロードでできた真四角の箱。

「なんですか、これ」
「俺達は…順番が逆さまだな。しかもこんな簡単なことをするのに何年もかかった」
「………」
「開けないのか?」
「私がこれを開ける前に速水さん、何か言う事があるでしょう?」
「ああ…そうだったかな」
「そうですよ!それくらいはちゃんと手順踏んで下さい!」
真澄はしばし逡巡した後、しっかりと頷きながらマヤに告げた。
「元気な子供を生んでくれ、ちびちゃん」
「………」
「……」
「…え……ええっ…?それだけっ?」
「うん?」
「他にも言うべき事、あるんじゃないですか?」
「そうか?この間全部言ったからな…」
「!あれで済ます気なんですか?!ちゃ、ちゃんと、言って下さいっ。
 あんな勢い任せじゃなく、ちゃんと…聞きたいんです…」
「ふ…ん、そういうものか?」
「そ、そうですっ」
じゃあ、いくぞ、とばかりに姿勢を正して、真澄はマヤに向かい合い、その手をとる。
「好きだ…マヤ。君と俺との子供が生まれてきたらきっと大事にすると誓う…」
「う…なんか…ちがいます…。それじゃまるで私より子供優先するみたいじゃないですか」
「む?そうか?じゃあ、こうかな…。好きだマヤ…君とこうなったのもその子のおかげだ…」
「駄目です。子供出来なかったら私とこうしていなかった、みたいな感じを受けますよ」
「そんな事は無い。子供が居ようと居まいと君の全部が大好きだが?」
どうだ?とばかりに得意げな真澄。マヤはふーーーっと残念そうに息をついた。
「…悪くないんですけど…何か、足りないんです…」
ならば、と真澄は、ぐいと距離をつめてその瞳をまっすぐにのぞき込みながら、思い切って告げてみる。
「愛してる…マヤ…君以外には考えられない…」
「愛してる」という単語がやけに気恥ずかしくて、言った当人も言われたマヤも途端に頬を染める。
それでも今度のセリフはマヤのお気に召したのか、真っ赤に顔を染め、照れながらもごもごと返事をした。
「は、速水さん…わ、私も、あなたのこと、愛して、ます」
ふ、と笑って、真澄はマヤの頬に触れる。
「マヤ…君と永遠にこうして過ごしていきたい…」


「あーーーーーはいはいはいまったくどれだけここで披露すれば気が済むんだい?」

「わっ、麗!や、やだっ、き、聞いてたの?」
聞いてたのもなにも、ないもんだ。完全にあたしの存在忘れてたな…?
「はあ、もう。聞きたかないさ。そんなもん、単刀直入に「好きだ!結婚してくれ!」でいいんですよ。
 ってことで、速水さん、マヤのこと、頼みますよ」
麗は、さばさばとそう言いながら二人を見る。
まったく…最初はマヤが速水さんとそんな仲だなんてとても信じられなかったけど…
こんな馬鹿甘初カップルぶりを見たら信じざるを得ないじゃないか!
たのむから人んちで新婚生活の予行演習なんてしないでおくれ!

「あ、麗ったら、また私の母さんになってる」
「なっ…よしとくれよ!この歳でこんな大きな子供いるもんか!」
「そうか…よし、結納の品は青木君に届ければいいんだな」
「速水さんまで、そんな…!あ、あたしをいくつだと思ってるんですか!
 花も恥らう年頃の女つかまえて失礼な!」
「ほう?君の年代をそう言うとは知らなかったな…君にもそういう相手がいるなら
 今度はマヤに親代わりになってもらってはどうだ?そのときは俺も力になるぞ?」
「余計なお世話ですよ!マヤ…あんた、速水さんのどこが好きだって言うんだい?」
「え…」
「ふ、そうだな、俺もそれは聞きたいが」
二人の視線が、マヤに注がれる。マヤは仕方なしに、もじもじしながら話し出した。
「そ、それは…あの…速水さんは意地悪くてだけど優しい所もあるし、
 ゲジゲジみたいに嫌な奴だけど凄くカッコいいときもあるし大人だし、
 それにいつも私に沢山の援助を…」
そこまで言って、マヤは瞠目した。

「!あああああ!!!!」

突然思い出したかのように声を高くしたマヤに、何事かと怪訝そうな真澄と麗。
「何だ?ちびちゃん」
マヤはぎっと真澄を見据えた。

「紫のバラ…!私、まだ速水さんに紫のバラの人の正体を明かしてもらってない!」
「え、な、何?」
「マ、マヤ?」

マヤの言葉に呆気にとられる麗と、一気に青ざめる真澄。
マヤは仁王立ちになり、隣近所に響き渡るのではないかというくらいに大きな声で叫んだ。

「なんで言ってくれないんですかっ?!あなたが紫のバラの人だったって!!」
不意を突かれて動揺を隠せないまま、真澄はしどろもどろに答えた。
「あ、いや…俺は、君が…気付かないものなら隠したままに、しておこうかと…」
「あ、あんまりじゃないですか!私、とうに気が付いてたんですから!
 いつ正体を明かしてくれるんだろうって、ずっとずっと…っ」
「…忘れてたんだろ?」
「忘れてないです!茶々いれて誤魔化そうったってそうはいかないんだから!」

紫のバラ…その存在も霞むほどに、ずっと真澄のことばかり考えていた。
だけど…プロポーズの言葉は、きっと紫のバラと共にあるのだと当たり前のように信じていたのに!

「は、速水さんは私の気持ちなんてこれっぽっちも分かってない!なんでバラ、持って来なかったんですか!」
「す、すまん、ちびちゃん…」
「もう…もう帰って!帰って下さい!!」
「お、おいおい…バラを持ってこなかったくらいでそんなに怒ることないだろう」
「な、なんですってぇ?!」
「わ、分かった、明日、必ず準備しよう。約束するから落ち着くんだちびちゃん。お腹の子に良くないだろう」
「何かって言うとお腹の子お腹の子って!!速水さんはあたしよりお腹の子のほうが大事なんだぁああ。うわああああん!」
「そんなこと少しも言ってないだろう、君のためにちゃんと明日こそはバラを」
「紫のバラなんかなによぅ!!もういらないんだからそんなものー!!!」

真澄は冷や汗をかきながら畳の上に泣き突っ伏したマヤの背中を見た。
完全に自分を見失っている…これが俗に言うマタニティーブルーというものか?
いや…なんだかちょっと、違う気もするが…どうしたら、いいんだ…

ひとしきり彼女の感情が過ぎるまで待つしかないと判断したのだろうか。
困惑した表情で膝をついている真澄とうつ伏せてわんわん泣きだしたマヤを見比べながら、麗は呆れて呟いた。
結局、言い合わずにはいられないのかねぇこの二人は。

どんな顛末だろうと、幸せなら、それでいいじゃないか…ねえ?












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